紅茶雑学

リプトンがなければ紅茶はここまで普及しなかった!?

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リプトンは、元々はトーマス・リプトンという人物が、1871年に自分の姓を名前に付けた食料店「リプトン・マーケット」が元々の発祥であり、百数十年もの伝統を誇るブランドと言えます。

当初から、紅茶は主力商品だったのですが、本格的に世界市場の開拓を目指すのは1890年、セイロン(今のスリランカ)にあった広大な茶園を買収してから、

リプトンは一気に攻勢に転じて紅茶一本に戦略を絞り、海外に工場拠点を次々に設置すると同時に、当時としては先駆的なポスターによる宣伝を推し進め、

有名なキャッチコピーだった「茶園から直接ティーポットに」を合言葉に、世界中にリプトンブランドの紅茶を輸出しました。

そして、茶園を買収してから、たったわずか5年後には、英国王室御用達の称号をビクトリア女王から得ていますので、当時のリプトンが、恐ろしいほどの快進撃と急成長を見せていたことが窺えるでしょう。

ちなみに、日本で初めてリプトンの紅茶が輸入されたのは英国御用達に認定されてから11年後の1906年で、実は日本で初めて正式に持ち込まれた紅茶ブランドがリプトンの紅茶だったりするのです。

ただし、この当時の日本はそれ以前からの緑茶文化が主流であったので、まだまだ高価だったリプトンの紅茶を飲むことができたのは、一部の上流階級の、しかも海外経験がある人に限られていたそうです。

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リプトンの功績

ripure2紅茶の歴史を振り返った時に、リプトンの果たした役割というものは、ただの一ブランドとしてのみならず、

その後の紅茶史において、スタンダードになったポイントをいくつも作り上げたという功績をもっています。

まずビジネス戦略として画期的だったのは、上記にもあるキャッチコピーによるメディア戦略ともう一つ、問屋による中抜きを止めて茶園と直接取引(これは自前で茶園を購入できていた強みもありましたが)することで、

販売コストを抑えて、紅茶の価格を安く販売できるという、今日では当たり前のことを19世紀の時点で完成させていたということで、これによって紅茶は、全世界に普及することになったという点では、多大な貢献の一つと言えるでしょう。

そしてもう一つ、リプトンが果たした功績の一つが、第二次世界大戦後になってティーバッグを量産(発明自体は20世紀初頭に完成されていた)して世界中に普及させたことで、これによって紅茶は手軽に飲めるようになりました。

日本においても、1938年から10年間の紅茶輸入の断絶(太平洋戦争の影響)の後の1948年に真っ先に輸入されたのがリプトンの紅茶であり、日本の紅茶文化が途絶えるのを未然に防いだという意味では、大きな功績の一つと言えるでしょう。

そして、1971年に紅茶の輸入が自由化されるまでは、ほぼ、このブランド一つで日本の紅茶文化を継続し、支えていたということも、やはり評価されてしかるべきことの一つなのかもしれません。

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