紅茶雑学

【紅茶雑学】2つの国が大ケンカを繰り広げた紅茶の歴史をご存知だろうか?

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xfaOOL0G7TDn2『魅力的なヒロインをめぐっての男たちの争い』『ヒロイン同士の熾烈なかけひき』何度も小説や映画のテーマとなってきた題材ですが、紅茶の歴史についてもこのようにたとえられるかもしれません。この記事では紅茶にまつわる二つの『争い』を見ていきましょう。

時は17世紀

一つ目は国と国のお話で、時は17世紀です。そもそも紅茶の原料であるチャノキは、気温が13℃以上、降水量が500mm以上の赤道付近でのみ生産が適しているものでした。この条件を満たすのは主に東~南アジア地域、つまり、ヨーロッパの国々は茶葉を手に入れるためには生産地と貿易をする必要があったのです。

最初に目をつけたのはオランダでした。鎖国中の日本も含めて茶の仕入れ先をみるみる拡大させました。しかし、18世紀になると、オランダの海軍力をイギリスが凌ぐようになりました。海上の覇権が移るにつれ、イギリス東インド会社はインド・中国方面の紅茶貿易を独占するようになりました。「海を制する者が紅茶を制する」とでも言えるのかもしれません。

18世紀ロンドン

二つ目の争いの舞台は、18世紀ロンドンのコーヒーハウスです。意外にも紅茶ははじめ、コーヒーハウスにて新商品として提供されていました。当初は「東洋の妙薬」として珍しがられましたが、じきにコーヒーとの人気争いを演じるようになり、英国人のハートをとらえて離さなくなりました。

後に紅茶専門店であるティーガーデンがオープンすると、ロンドンに2000もあると言われたコーヒーハウスが軒並み閉店を余儀なくされました。紅茶がコーヒーの人気をすっかり奪ってしまったのです。今でもイギリスでは、一日にコーヒーが7000万杯に対して、紅茶は1億6500万杯が消費されているようです。

わたしたちの心を落ち着かせてくれる紅茶ですが、実はものすごい波をかいくぐってきたのですね。

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